株式会社五十嵐商会 五十嵐和代社長⑤最終回 【私の警備道】~第5回 女性の持ち味は「気付き」と「感性」~
第1回 「女性の気付き」は危機管理 掲載中こちらをクリック
「ていねいな仕事」モットーに60年 / アパートの一間から始まった歴史 / 「お客さんのために何かして来い」 / 夫婦が会社発展の両輪 / 「警備」につながる「連想ゲーム」
第2回 ビジネスマナー講師と二足のわらじ 掲載中こちらをクリック
300人中、女性3人の試験に合格 / 迷わなかった思い「両親の興した会社で生きていく」 / ビジネスマナーの大切さを痛感、教える側に / 「警備の50%は接客業」の確信
第3回 学校給食の残り物を肥料化、プラント建設 掲載中こちらをクリック
プラント用地探しに奔走 / 練馬区立の小・中・保の給食回収し肥料生産 / 会社の使命「安全・安心」と「快適環境」を具現 / 後で分かった「学校給食に特化しろ」
第4回 「恐る恐るだった」指定管理事業への参入 掲載中こちらをクリック
副社長の提案に「ダメ元」でゴーサイン / 図書館の指定管理もジョイント形式で獲得 / 現場を不意に訪れて見える「真の姿」 / 「警備」を一生かけられる仕事に / 気分転換は週2回の水泳
第5回 女性の持ち味は「気付き」と「感性」
父の姿に見た仕事へのプライド
収入とともに「警備」を一生の仕事にするための大切なもう一つが、仕事へのプライド。五十嵐社長は父の姿にそれを見たという。五十嵐社長が小学生のころ、クラスメイトたちが彼女を見ながらひそひそ話をしていたことがあった。そのうちの一人が近づいてきて「あなたの家にはバキュームカーがあるんだってね」と言ってきた。こばかにしたような口調だった。同級生から家に「お前のところはバキュームやってるの?」という電話がかかってきたこともあった。何度もそうした悔しい思いをしたが、そんな話を聞いても父は怒るでも嘆くでもなかった。一向に気にしない様子で、相変わらずていねいな仕事を続けたという。「父は、汚れ仕事だからといって卑屈になることは全くありませんでした。淡々と『自分のやっていることは世の中に必要な仕事なんだ』というプライドを持って働いていたと思います」。
やってくれる人がいなければ困るのに、その現実から目を背け、「汚い」だとか「残酷だ」とか勝手なことを言って見下す。歴史を振り返れば、そんなことが幾度となく繰り返されてきた。五十嵐社長が体験したことも、偏見・差別という人の心にはびこるカビのようで、なんとも情けなくなる――もっとも、百害あって一利なしの人の偏見と差別を、ペニシリンになって人類を救ったりチーズになって人の食を豊かにしてくれたりするカビに例えるのは、むしろカビに対して失礼か。それはともかく、「警備」についても似たところがある。人々の暮らしの中で欠かせない業務であることは疑いの余地がないのに、残念ながら、社会的に正当に評価されているとは言い難い。そんな中で頑張る警備員の姿が、逆境でも矜持を貫いた先代・眞一さんの姿に重なった。
男と女の「違い」を活かして
入ったとき圧倒的な男社会だった警備業界。今もまだその雰囲気は強い。「だからこそ」と五十嵐社長は思う。「男女平等といっても、発想や感性の『違い』までは無視できない。それぞれの違うところを活かして働いてもらえばいいんです。私は、一般的に女性の方が細かいころに気が付くことが多いと思っています。例えば、杖をついていてよろけたお年寄りを見かけたとき、男の人なら『大丈夫ですか』と声をかけるでしょう。でも、私たち女性はその人が転びそうだと感じればパッと肩を差し出す。反応の仕方が違うんです。女性は子育ての役割を背負っていることが関係しているのかもしれないし、『脳差』があるせいかもしれない。違いは違いとして受け止め、こうした女性の気付きは危機管理につながるということを業界も理解してほしいと思っています。会社の中でどう生かすか考えなければいけません」。
警備業の半分は接客業だと考える五十嵐社長。細かいところに気が付く「ホスピタリティマインド」がある女性はむしろ向いているとも思う。ただ、「警備」というと怪しい人間を取り押さえなければいけないといった大変なことをやるイメージがまだ強いのも事実。だから、そうした体を張るような仕事ばかりではないということも分かってもらう必要があると思っている。子育てしながら働けるように保育園料の半額補助のような制度を備えていきたいとも考えている。今、社員は約600人。うち女性は約100人。「警備を含め、清掃やビル管理、リサイクルの現場にそれぞれ女性はいますけど、もっと女性を増やしたいと思っています」と話す。
東警協に女性部会「すみれ会」を設立
かねてから業界にもっと女性を増やしたいと考えていた五十嵐会長は2014(平成26)年、女性のさらなる活躍が必要だと考えた東京都警備業協会の専務理事(当時)の呼びかけに即応して女性経営者12人のグループを結成、
1.女性警備員の働きやすい職場環境整備
2.女性警備員のイメージアップを図るための広報活動
3.女性警備員のスキルアップを目指した研修会
を掲げて活動を始めた。翌年にグループは「すみれ会」という女性部会になり、五十嵐社長が会長に就いた。会の名前は「きれいだけれど強めの風が吹いても雨が降っても散らず大地にしっかり根を下ろして花を咲かせる」という「菫」にちなんで、日本連合警備株式会社の有馬昭美会長が名付けた。現在の会員は15人だ。
これまでに、美容の専門家を招いて「警備業界で働く女性を輝かせるメイクアップ法」と題した研修会や、服飾業者とコラボした女性が憧れる制服の検討会、消火器やAED(自動体外式除細動器)、防犯用の刺股(さすまた)の使い方講習会などを開いてきた。2017(平成29)年には仙台市で宮城県警備業協会が警備服のファッションショーを開いたが、五十嵐社長は「私たちもそうしたショーをやってみたい。あの制服すてきね、と思われるようなユニフォームもイメージアップにつながりますからね」と案を温めている。「もちろん、現場のトイレや更衣室を整えるなど働きやすい環境整備に力を入れていくことは言うまでもありませんよ」との抱負も語った。すみれが、しなやかにしたたかに鮮やかな花を咲かせることを願わずにはいられない。
「警備」を一生かけられる仕事に
警備員のマナーが悪いと苦情を受けたこともある五十嵐社長が考え続けていることの一つが、「警備」を一生かけられる仕事だと思えるようにすること。マナーを教えることはできるが、それ以前に「警備」に誇りを持ってもらわなくてはいけない。東京都警備業協会に入って間もないころ、北西地区支部の若手経営者8人のグループに入り、「警備員の質の向上」もよく話し合った。その議論の中で、質の向上のためには「警備」が一生かけられる仕事、高校や大学を卒業した人が警備会社に入り、結婚し、子どもも育てられる仕事にしなくてはいけないということに8人の思いは集約された。五十嵐社長は言う。「大学生がアルバイトでやるだけの仕事ではいけないという話です。そのためには安定した収入もなければいけない。でも、そのころの業界では警備を安く請け負う競争が激しくて、これじゃ社会保険にも入れられない、というようなこともありました。官公庁の入札に最低価格がまだなかったことも大きかったですね」。
今では最低入札価格が一般化し、かつてほどの「ダンピング」はない。それでも、警備の単価が低いという現実は残っていると思っている。東警協の理事となった現在は、業界としてまとまって単価相場の底上げを、機会があるごとに訴えていくつもりだ。その上で考えているのが警備員のスキルアップ。「建物警備や管理には最近、AI(人工知能)を取り入れる動きも出ています。その技術を持って大学を卒業した人に警備員になってもらうとか、国際化も進む現状では英語を操れる人も欲しい。手話ができるというのもいいですよね。そんな多彩なスキルを持った人に警備員になってもらうことは業界の底上げにつながるし、ひいては一生の仕事にすることにもつながると思うんですよ」。五十嵐社長は、自らの会社でも、そうしたスキルを身に着けるのを支援する制度を設けたいと思っている。
流行を追わずに身の丈経営
創業以来、会社がやってきたことは「環境」と関わりの深い事業。そのせいもあるのだろう、五十嵐商会のCSR(企業の社会的責任)活動は「エコドライブ運動」や「廃棄物収集車両のバイオディーゼル燃料化」、環境負荷の低い製品・サービスを導入する「グリーン購入」など環境分野で多岐に及ぶ。社会貢献活動でも地元をはじめ各地の環境フェアや祭りに「環境体験コーナー」を積極的に出展したり、環境省や内閣府、東京都など行政と連携したシンポジウムや勉強会などにも講師やパネリストとして参加したりして、環境保全・リサイクルの啓蒙活動を推進している。
こうして見ると五十嵐社長は営利・非営利を問わず「事業拡大論者」に思えてしまう。しかしご本人は「父から言われた『流行を追わずに身の丈経営』をこれからもやっていくつもりです」とキッパリ。「父からは『借金大きらい』も受け継いでいるので、ウチは無借金で堅実に行くんです」。こう笑う姿に、「傑物」、いや敢えて「女傑」という言葉を謹呈したくなった。
(阿部 治樹)