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警備員の辛さに配慮し生まれたトイレカー、障害者の活動にも活躍

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警備員の辛さに配慮し生まれたトイレカー、障害者の活動にも活躍

オリンピック・パラリンピックでの活用にも期待

 道路工事や建設の現場などで働く警備員や作業員の悩みの一つがトイレ。法令順守が求められる中「そこらで用足し」はご法度だし、近くのコンビニで拝借するのも気が重い。そんな辛さに配慮して警備会社の代表が独自のトイレカーを造った。効用は想像以上で、地震や豪雨などで断水しトイレが使えなくなった被災地で活躍したり、野外イベントの会場で重宝されたりと登場の機会が増えている。し尿は微生物の力で分解し、肥料にできる優れもの。車いすの人にも使えるようにした車両も用意され、今年夏の開催になったオリンピックやパラリンピックでの活用も期待されている。

 造ったのは神奈川県海老名市の優成サービス株式会社(八木 優・社長)。同社は現会長の八木正志氏(71)が1991年に設立し、建設業の免許も取って交通誘導や雑踏警備といった警備業務だけでなく移動式クレーンを使った建設作業なども行う「ハイブリッド警備」をしている。そんな業務を受ける中で八木会長はトイレ問題の深刻さを痛感した。「昔ならともかく、今は道端などでやったら『なんだあの警備員は!』ということになる。お茶1本買ってコンビニのトイレを借りるといっても、泥やセメントなんかの汚れを残してしまうのは気が引ける。店員さんは顔では笑っていても『このやろー』と思っているかもしれませんから」。八木会長は「だったら自前で用意しよう」と考えた。

 目を付けたのが、北海道・旭川の正和電工株式会社が製造しているバイオトイレ。便槽内におがくずが詰められていて、投下されたし尿や紙はスクリューでゆっくりおがくずとかき混ぜられ、中に生きている微生物によって水と二酸化炭素に分解されていく。水は不要で、年に2、3回交換するおがくずは有機肥料として使えるという。これをトラックに積んで現場に持って行くことにした。「前例がない」となかなか許可を出さない陸運局を相手に半年かけて交渉・改造を繰り返し、ようやく「糞尿車」として「8」ナンバーを獲得し利用を始めた。2000年のことだった。

 そんなトイレトカーが現場で活躍していたあるとき、車両を熱心に見ている車いすの人がいるのに八木会長が気付いた。話しかけてみるとその人は「こんなトイレがあっていいね。私たちには野外イベントで使えるトイレがほとんどないんです」とつぶやいた。ここでまた「やってやろう」の性分に火が付いたという。車いすを昇降できるようリフトを装備し、便器の周囲には手すり吊り輪を付け、便器も使いやすいように前に出てている特注品を設置した。08年、「移動式バイオトイレカー1号車」が完成した。八木会長の徹底ぶりはここで止まらない。社員に普通救急法とAEDの講習を受けさせ、ヘルパー2級の資格も取らせた。

 4台のトイレカーが各地のお祭りや福祉イベントなどでフル稼働していた11年3月11日、東日本大震災が発生した。八木会長は3月21日、トイレカーと共に宮城県石巻市に入った。以後、1年7カ月にわたって同社のトイレカーは岩手県も含め、被災地を回って障害者を中心にトイレ事情の改善に尽くした。ボランティア活動で収入はゼロ。1,800万円の赤字を抱えることになった。八木会長は妻と「会社をたたむしかないね」と覚悟したという。

 「そんな時に、笹子トンネル事故が起きたんです」。八木会長は複雑な面持ちで話した。12年12月2日、山梨県大月市笹子町の中央自動車道上り線笹子トンネルで天井コンクリート板が約130mにわたって落下し、走行中の車が巻き込まれて9人が亡くなった悲惨な事故。事故から間もなく、同社にNEXCO中日本から、復旧工事現場にトイレカーを派遣する要請が来た。それから復旧までの約2か月間、八木会長はトイレカー3台を出した。会社は息を吹き返した。八木会長は「なんという巡り合わせなんでしょうね。私としては、ただただ犠牲者のご冥福を祈るばかりです」と瞑目した。

 その後もトイレカーは活躍の場を広げ、同社は19年8月、一般社団法人日本SDGs(持続可能な開発目標)協会から障害者や高齢者への支援活動、環境対策、災害対策での貢献が評価されてSDGs企業に認定され、20年4月に神奈川県が進めている「かながわSDGsパートナー」にも登録された。19年9月には東京都・多摩市合同総合防災訓練」に参加し、視察していた小池百合子・知事がトイレカーに強い関心を寄せたという。

 同社の福祉バイオトイレカーは「トイレ及び救急医療用コンテナ」として意匠登録されているほか実用新案、商標登録も取得している。最近は新型コロナウイルス感染防止対策として、ウイルス不活性化作用が確認されているC紫外線(UV‐C)の殺菌ランプも備え付けた。同社にはそうした実績を評価して、国内の複数の自動車メーカーから製造の打診が来ている。八木会長は「健常者も障害者も安全に安心して楽しめるオリンピック・パラリンピックにする一助になれればうれしい」と話している。

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