株式会社五十嵐商会 五十嵐和代社長④ 【私の警備道】~第4回 「恐る恐るだった」指定管理事業への参入~
第1回 「女性の気付き」は危機管理 掲載中こちらをクリック
「ていねいな仕事」モットーに60年 / アパートの一間から始まった歴史 / 「お客さんのために何かして来い」 / 夫婦が会社発展の両輪 / 「警備」につながる「連想ゲーム」
第2回 ビジネスマナー講師と二足のわらじ 掲載中こちらをクリック
300人中、女性3人の試験に合格 / 迷わなかった思い「両親の興した会社で生きていく」 / ビジネスマナーの大切さを痛感、教える側に / 「警備の50%は接客業」の確信
第3回 学校給食の残り物を肥料化、プラント建設 掲載中こちらをクリック
プラント用地探しに奔走 / 練馬区立の小・中・保の給食回収し肥料生産 / 会社の使命「安全・安心」と「快適環境」を具現 / 後で分かった「学校給食に特化しろ」
第4回 「恐る恐るだった」指定管理事業への参入
副社長の提案に「ダメ元」でゴーサイン
2003(平成15)年、小泉内閣が進めた「公設民営化」の一環で地方自治法が改正され「指定管理者制度」が始まった。それまでは公共施設の管理は自治体関連の公的団体しか受託できなかったが、この制度によって幅広く民間企業なども参入できることになった。制度発足から3年後の2006(平成18)年4月、五十嵐商会は練馬区立練馬駅北口地下駐車場の指定管理者となった。「私は新しい事業に手を出すより、今やっている事業の拡充のほうを大事にしてきた」。そう語る五十嵐社長にしては、失礼ながら、ずいぶんと素早い新事業のスタートである。
それまでのように先代の「宣言」や「教え」が全くなかった事業だ。そこを尋ねると、「私は臆病ですよ、本当に。指定管理事業には恐る恐る足を踏み入れたんです」と笑う。どういうことだろう。「実は、やったのは副社長。彼が、これからの時代は、単年でなく数年にわたって業務委託を受けられる指定管理事業に参入すべきだと訴えたんです」。副社長は制度の仕組みを研究し、役所に提出するプロポーザルなどの書類作りを主導した。五十嵐社長は「そこまでするならダメ元でやろう」とゴーサインを出した。そしてさらには2014(平成26)年に、練馬区立小竹図書館の指定管理者も受託した。図書館という全くの異分野。プロポーザルしたいと聞いたときは五十嵐社長もさすがに「図書館? 本当にウチがやれるの?」と驚いたという。そこでも副社長は「大丈夫です」と自信ありげだったそうだ。
図書館の指定管理もジョイント形式で獲得
その篠原周治副社長は元々、大手醤油・食品メーカーの社長室長や企画部長を歴任した人物。早期退職した後、五十嵐商会に招かれた。篠原副社長は、五十嵐社長が30歳のころに社員のメンタルヘルスに関する1年間のセミナーを受けた時の「同級生」だった。篠原副社長は、前職での経験も活かし、新しい制度ができたことを受けて、新たに勤めた会社の新規事業にすることを考えたのだという。図書館の指定管理については、「自分たちだけで全部をやる必要はない」と割り切っていた。五十嵐商会のビル管理の得意先関連会社に図書館運営の実績を持つ会社があった。そこと共同事業体になればいい。篠原副社長はその会社と交渉し、司書的業務は相手方、建物管理は自分たちという役割分担で合意し、プロポーザルで高い評価を受けて指定管理者の座を手に入れた。篠原副社長は「先代社長が築いたつながりを活用しただけです」と謙虚だが、同じ練馬区の区立石神井松の風文化公園の指定管理者の座も、ジョイント形式で射止めている。五十嵐社長の期待にたがわない活躍ぶりだ。
現場を不意に訪れて見える「真の姿」
「廃棄物処理」「環境衛生」「清掃」「警備」「資源リサイクル」「指定管理」の事業を行う五十嵐商会は、事業所が東京都内だけでなく、両親の出身地・千葉県内にも7カ所ある。「現場に行かないと落ち着かない」という五十嵐社長だが、回るだけでも時間がかかる。それでも折を見てはあちこちに足を運ぶ。そんな現場のうち、警備と駐車場管理をしている練馬区役所は本社からも近く「行きやすい」場所。ふらっと立ち寄ったら、警備員が壁に寄りかかっているところを目撃したことがあった。その警備員は目が合ったとたん、「あっ、社長‼」と叫び、弾かれたように直立不動になったという。五十嵐社長は「現場だからこそ見えることがある。こうしたことも一例ですね」。社員の「真の姿」を知り、会社の信用を落とさないためにこれからも「予告なし視察」は続けるつもりだ。区役所の警備責任者も「社長は、いつポッと姿を見せるかわからない。おかげで、警備員は私の目が届かない所にいても気が抜けません」と笑う。
「警備」を一生かけられる仕事に
警備員のマナーが悪いと苦情を受けたこともある五十嵐社長が考え続けていることの一つが、「警備」を一生かけられる仕事だと思えるようにすること。マナーを教えることはできるが、それ以前に「警備」に誇りを持ってもらわなくてはいけない。東京都警備業協会に入って間もないころ、北西地区支部の若手経営者8人のグループに入り、「警備員の質の向上」もよく話し合った。その議論の中で、質の向上のためには「警備」が一生かけられる仕事、高校や大学を卒業した人が警備会社に入り、結婚し、子どもも育てられる仕事にしなくてはいけないということに8人の思いは集約された。五十嵐社長は言う。「大学生がアルバイトでやるだけの仕事ではいけないという話です。そのためには安定した収入もなければいけない。でも、そのころの業界では警備を安く請け負う競争が激しくて、これじゃ社会保険にも入れられない、というようなこともありました。官公庁の入札に最低価格がまだなかったことも大きかったですね」。
今では最低入札価格が一般化し、かつてほどの「ダンピング」はない。それでも、警備の単価が低いという現実は残っていると思っている。東警協の理事となった現在は、業界としてまとまって単価相場の底上げを、機会があるごとに訴えていくつもりだ。その上で考えているのが警備員のスキルアップ。「建物警備や管理には最近、AI(人工知能)を取り入れる動きも出ています。その技術を持って大学を卒業した人に警備員になってもらうとか、国際化も進む現状では英語を操れる人も欲しい。手話ができるというのもいいですよね。そんな多彩なスキルを持った人に警備員になってもらうことは業界の底上げにつながるし、ひいては一生の仕事にすることにもつながると思うんですよ」。五十嵐社長は、自らの会社でも、そうしたスキルを身に着けるのを支援する制度を設けたいと思っている。
気分転換は週2回の水泳
社長の椅子が温まる間もないほどの忙しさだが、息抜きをする時間はあるのだろうか。尋ねると、「水泳です」との答え。「仕事以外ではあまり知った顔に会いたくないから、水中に一人で浮遊しているのがいいんです」。平日に1回、日曜に1回の週2回を基本に、わざと会社から遠いスポーツクラブのプールに通っている。通常は平泳ぎとクロールを交互に1000mこなすが、忙しいときは20分間泳ぐだけでも気分が違うという。25年間続ける習慣は、五十嵐社長にとって貴重な「孤独の時間」を手に入れる機会のようだ。
(阿部 治樹)
第5回 女性の持ち味は「気付き」と「感性」 10月19日掲載予定
父の姿に見た仕事へのプライド / 男と女の「違い」を活かして / 東警協に女性部会「すみれ会」を設立 / 流行を追わずに身の丈経営