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先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑨ | 近代化首都圏を襲った初めての巨大地震「関東大震災」

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先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑨ |  近代化首都圏を襲った初めての巨大地震「関東大震災」

先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑨

 

 「天災は忘れたころにやって来る」。物理学者・寺田寅彦(1878~1935)のことばと伝わります。備えをおこたってはいけないという戒めの名言として知らない人はいないでしょう。ただ、私たちはその重みをどこまで実感しているでしょう。近年の出来事を振り返ると「こんなこと想定外だった」と釈明されることが多すぎはしないでしょうか。実のところ人間は元々そう言いたがる生き物なのかもしれません。そんな本性を知っていたから、先人は消してはいけない記憶を碑に刻んで後世に伝えようとしたのではないでしょうか。先人のそんなメッセージの遺る碑が日本各地にあります。国土地理院は天災を後世に伝えるそうした碑の記号を新たに作り、2019(令和元)年から「自然災害伝承碑」として地理院地図に載せ始めました。私たちも、人々の安全と安心を守るためのセキュリティ・ニュースを発信する会社として、天災はもちろん、人が引き起こした禍の記憶を伝える碑も各地に訪ね、先人からのメッセージを紹介したいと思います。「想定外」が一つでも減ることを願いつつ。

 
 

近代化首都圏を襲った初めての巨大地震「関東大震災」

 

火災旋風の恐ろしさ伝える横網町公園内の碑

 
 
大正大震火災石原町遭難者碑
碑の概要
碑名 大正大震火災石原町遭難者碑
災禍名 関東大震災
災禍種別 地震
建立年 1925年
所在地 東京都墨田区横網二丁目3
伝承内容 大正12年(1923)9月1日の関東大地震で起きた大火災は都市の大部分を焦土にした。なかでも本所区と深川区の被害が最も甚だしく、無数の人命が奪われた。当時の本所区石原町民約8000人中およそ7000人が焼死した。昭和6年(1931)移設。

 1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災は死者・行方不明者が約10万5000人を数える。2011(平成23)年3月11日に起きた東日本大震災の死者・行方不明者約2万2000人をはるかに上回り、日本では最大の犠牲者を出した震災である。その死者・行方不明者のうち実に9割近くが火災によるもので、火の恐ろしさをまざまざと見せつける災禍でもあった。東京府(当時)では約6万7000人が火災で犠牲になったが、その半数あまりの約3万8000人が本所区(現墨田区)横網(よこあみ)町の旧陸軍被服廠跡で亡くなっている。これほどの被害となった最大の原因は、火の竜巻とでもいうべき「火災旋風」だった。跡地の一部は東京都立横網町公園となり、園内には隣接する町内の犠牲者らを慰霊する碑や堂などが設置されている。

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