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優成サービス株式会社 八木正志会長(71)② 【私の警備道】~第2回 警備員のキャリアスタート~

特集記事インタビュー
優成サービス株式会社・八木正志会長(71)② 警備員のキャリアスタート

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第1回 行動原理は「世のため人のため」

 

第2回 警備員のキャリアスタート

 


 

横浜博覧会で15人の警備隊長に 

 

横浜博覧会のパンフレット
横浜博覧会のパンフレット

 警察官時代に知り合った人の紹介で神奈川県内の私鉄系警備・清掃会社に勤め始めた。間もない1989(平成元)年3月、横浜博覧会(YES’89)が始まった。横浜市中区と西区にまたがる巨大埋立地約69ヘクタールの再開発地区「みなとみらい21」(MM21)を会場に、横浜市制100周年・横浜港開港130周年を記念して開催された博覧会である。八木会長は、約半年間、横浜新都市ビル(横浜そごう)2階のペデストリアンデッキの「風の広場」から会場内の「コスモワールド子供共和国」北側までの768mを運行するゴンドラが発着するゲートの警備隊長となり、15人の隊員を率いた。

 朝6時半に出勤して10時の開場に向けて準備をし、閉場後の片付けなどをして夜9時まで勤務した。事故のないことが最大任務であることはもちろんだが、ここで八木隊長のサービス精神が遺憾なく発揮される。お客さんは9時半にはゲート前に列を作る。ゲートが開くまではじっと我慢の時間。雨の日も暑い日もわざわざ足を運んでくるお客さんに、そんな時間も楽しかったと思ってもらえればと、隊長はマイクを握った。

 「みなさんおはようございます。お暑い中、ご来場ありがとうございます……」

 八木隊長はその日の催しはどんなものがあるのか、どんなゲストが登場するのか、隊長のイチ押しは何かなどなど、ひたすらしゃべった。ひとしきり話し終えるとお客さんに直に話しかけたりもした。

 「今日はどちらに行かれるんですか? あ、それならこの先に見えてるあの建物の左側に行って……」

 いつしか隊長は目立つ声で鳴くあの鳥にちなんで「ゴンドラがらす」と呼ばれるようになった。


 

車いす常連客との交流6カ月

 

横浜博覧会の乗り物マップ。
左側にゴンドラの写真も載っている

 もう一つの大きな出会いもあった。ゲートに立って少ししたころ、決まってある男性が開場待ちの列の先頭にいることに気が付いた。その男性は車いすで毎朝、一番乗りをしていた。博覧会を心待ちにしていた様子が見て取れた。午前10時、ゲートが開くと並んでいた人たちは一気に駆け出す。たびたび、車いすの男性が人並みにもまれて倒れそうになることがあった。八木隊長は決めた。

 「安全のために彼には中で待ってもらおう」

 それ以降、車いすの男性が姿を見せると八木隊長は彼をゲート内にいったん入れ、開場したら人の流れに巻き込まれないで進める位置に待機してもらった。

 「結局彼は10月1日の閉幕まで皆勤賞でした。来る頃に迎えに行ったり帰りに送ったり。だんだん信頼関係もできて、彼からお金を預かって見たいもののチケットを代わりに買うこともするようになりました。体が不自由な人とこうした接点を持ったのは初めてでした。これが、後の車いすでも利用できるトイレカーの開発につながったのかな、と思います」


 

やりがい感じた警備の仕事、会社を興して独立

 

創業当時を振り返る八木会長

 YES’89が終わり、警備の仕事にやりがいを感じていた。そんなとき、「ゴンドラがらす」の隊長ぶりを見ていたゲート近くのデパートの職員から「八木さん、自分で会社を興して自分なりの警備スタイルを貫いたらどうですか」と勧められた。その気になり、起業を決心。親類や友人から借りるなどして1千万円をかき集めて1991(平成3)年6月12日、海老名市に「優成サービス」を設立した。

 「会社の名前は長男の一成と次男の優からとって『優しく成(な)ろう』としました。父親の代から縁がある成田山に行って社名を見てもらったら『とてもいい』と言われたんですよ。成田山の成が入っているからいいって言うんだろうと思ったら、字画なんだって。この社名は23画だからいいと。そのあたりのことは全く分からないけど、いいと言われて悪い気はしませんよね」

 社員5人で交通誘導の仕事から始めた。最初は経営見習いのつもりで警察時代の先輩が県内で営む警備会社の下請けに入った。


 

目指した「一次請け」、1年後に実現

 

 しかし、下請けはあくまで「仮の姿」。独立心の強かった八木会長は「小さな会社でも一次請けになる」という信念を持っていた。その思いは早くも翌年に実現した。厚木市で二次請けとしてビルの建築現場でやっていた仕事が終わるころ、接続する地下道の建設工事をしていた大成建設の土木部の現場責任者から「その仕事が終わったらウチの現場に来てくれないか」と声かけられた。トラック誘導の手際の良さや社員のきびきびした動きが目に留まっていたらしい。大成建設との直の請負契約だという。一も二もなく引き受けた。以後、八木会長の会社は大成建設以外でも一次請けの仕事しかしていない。仕事ぶりはもちろんだが、大手とも直接やり取りができるよう、関係する業界で何が求められているのか、どんなトレンドが起きているのかにアンテナを広げていたことも功を奏した。

 
 
 
 

 順風満帆に行くかと思えたが、試練が待っていた。1993(平成5)年夏、死亡事故が起きた。

(阿部 治樹)


 
第3回 「ハイブリッド警備」を経営の柱に  3月下旬掲載予定 
転機になった社員の死亡事故 / 免許と資格の取得にひたすら勉強 / 5年越しの粘り勝ちで建設業許可取得

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