セキュリティ関連

商業ビル屋上からの転落巻き添え死、対応に苦慮

商業ビル屋上からの転落巻き添え死、対応に苦慮

ビル側に求められる「実態に即した」リスク管理

 大阪・梅田の10階建ての商業施設「HEP FIVE(ヘップファイブ)」で10月23日に男子高校生が転落死し、下を歩いていた女子大学生が巻き添えになって亡くなる悲痛な出来事があった。男子生徒は自殺したとみられているが、実は彼はいったん屋上から警備員によって連れ戻されたものの、その後に再び屋上に舞い戻っていた。施設側が取っている屋上への侵入防止策と転落防止策をかいくぐっての飛び降りと巻き添えの被害はたびたび起こっているが、防ぐ手立ては手探り状態というのが実情だ。巻き添えになった人はもちろんだが、こうした意図的な行為に対してはビル側も被害者だという感情が湧き起こる。しかし、法律の専門家らは「実態に即した安全策を取らないとビル側も責任を問われかねない」と警鐘を鳴らす。

 警察は男子生徒を重過失致死容疑で書類送検することを視野に入れているというが、どんな状況だったのだろうか。朝日新聞(11月27日付け)などによると、男子生徒はまず午後4時ごろ従業員用のエレベーターで10階に上がり、屋上に出たとみられる。屋上に通じるドアの内鍵はプラスチック製のカバーで覆われているが、火災時などの避難に備えて簡単に壊して外せる構造になっていた。ただ、ドアが開くと警備室にブザーで知らせる仕組みになっていて、この時は警備員が屋上に駆け付けると生徒は一人でたたずんでいて、施設にある観覧車を見ていたと答えたという。警備員は注意したうえで生徒を屋上から連れ出し、エレベーターで下階に降りていくのを見届けた。警備員は責任者に報告し、生徒が素直に立ち去ったため、内鍵のカバーを元に戻す措置をして戻った。屋上への侵入はたまにあり、悪質でない場合は同様に対応していた。ところが約2時間後、ブザーが再び鳴った。警備員が駆け付けた時に生徒の姿はなく、カバンだけが残っていたという。

 過去にあった飛び降りの巻き添えで亡くなったケースをみると、2007年(平成19)11月には東京・池袋の8階建て商業ビルの屋上から飛び降りた女性(25)が歩道にいた男性会社員(38)を直撃し、2人とも亡くなった。04年(平成16)8月には兵庫県西宮市で無職男性(30)が市営住宅の8階階段から飛び降りて1階通路にいた無職男性にぶつかり共に死亡した。同年の12月には東京・武蔵村山市の団地で主婦(42)が12階の廊下から飛び降り下を歩いていた自営業男性(54)を巻き添えにして亡くなった。巻き添えこそ免れたが、JR大阪駅直結のビル2棟(27~28階建て)では自殺とみられる飛び降りが14、15、19年に相次いだという。都会のビル街で飛び降りの巻き添えになる際どさは思った以上に深刻なのかもしれない。

商業ビルが立ち並ぶ東京・池袋駅前。
この街でも、転落巻き添え死事故があった

 池袋のケースでは飛び降りた女性が被疑者死亡のまま重過失致死容疑で書類送検された。今回の梅田のケースもそうした扱いになる可能性があるが、男子生徒の親が女子大学生の遺族から賠償請求されることも想定される。この裁判の行方がどうなるかは未知数だが、懸念されるのがビル側の責任が問われること。今回のケースについてある著名な弁護士は、屋上のドアが開いたとき警備室のブザーが鳴るようにしてあるのは自殺志願者が屋上に出ることを想定しているということ。結局、ブザーが鳴っても自殺を防げなかったので、簡単に壊せるプラスチック製カバーではなく頑丈なカギを付けるべきだったとして管理義務違反を追求することは可能だ、と述べている。
 本当にそんなことができるのだろうか。今回のような屋上についての規制は、建築基準法施行令が、屋上広場などの周囲には高さ1.1m以上の柵などを設けなければならないことを定めているが、それ以外の防止策は取り決めがなく、施設側の裁量に委ねられているのが実情だという。法規制上HEP FIVEに落ち度があったようには思えない。ところが、なのである。「損保ジャパン日本興亜RMレポート|91」の「商業施設における賠償リスク リスクの現状とリスク管理のポイント」は次のように指摘している。「基本的に法的責任問題を判断する中で争点となるのは、単に既存の法規制に適合していたか否かではなく実態として個別建物に対し、適切なリスク管理がされていたか否かという部分である」。その上で「施設の目的・特徴・利用者の特性・時代によって変化する社会的な要請を十分踏まえながら、『通常有すべき安全性』や『安全への配慮』を継続的に確保していくことを目的としたリスク管理が重要となってくる」と訴えている。要は、「法律以上の実態に即したリスク管理」が求められるというのだ。

 こうした指摘をするのは損保会社だけではない。国土交通省国土技術政策総合研究所のサイト「建物事故予防ナレッジベース」を運営する「建築空間におけるユーザーの行動安全確保に関する検討委員会」委員の佐藤貴美・弁護士も、「具体の裁判判例にみる建物事故の法的責任」でこう書いている。「建物の設計者や施工者、管理者に当たっては、建築関連法規を遵守することは当然として、実際の使用のされ方や過去の事故情報などを踏まえ、適切な安全対策を検討し、実際に履行していくことが大切です。例えば立入禁止等の措置を講じる場合には、(中略)実際に立入を困難にするような物理的な対策を講じるとともに、立入が禁止されていることを利用者がしっかりと認識できるような注意喚起の在り方もよく検討しておくことが大切です」。

 HEP FIVEを所有する阪急阪神不動産の担当者は、今回の対応は適切だったと考えているとしつつ、再発防止策として火災報知器と連動して自動解錠されるドアの導入を検討し、当面は屋上に警備員を常駐させる方針だとしている。全国の2,787事業所が会員となっている(18年3月末時点)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会(一戸隆男会長)は、「直接の当事者ではないため対策をビルメンテナンス事業者が行うのは難しいが、善管注意義務があり、このような事故があったことの情報提供は必要と考えている」として、当サイトの記事を引用するなどして会員に周知することを考えたいという。

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