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アラーム軽視は大事につながるヒューマンエラー

セキュリティ警備業警備に関する事件
アラーム軽視は大事につながるヒューマンエラー

「赤坂御用地に男侵入」事件は警報誤作動と思い込みか

 世の中が正月の気分にまだ浸っていた1月2日夜、20代の男が天皇・皇后ご夫妻のお住まいがある東京都港区の赤坂御用地に侵入して現行犯逮捕された。事件は、警備担当者が侵入を知らせるアラームを誤作動と思い込んで警報装置を切ってしまったことが原因と見られることが分かった。アラームを誤作動と勘違いするヒューマンエラー(人による間違い)は過去に重大事故・事件につながった例も多い。今回は幸い大事に至らなかったが、色々な危機管理に携わる警備関係者はもちろん、身の回りに様々な「警報」がある現代、一般の人たちもアラーム軽視は禁物だということを、この事件は改めて教えてくれた。

迎賓館。建物の背後に
赤坂御用地がある

 TBSニュースや新聞の報道によれば、男は2日午後9時40分ごろ御用地に隣接する迎賓館の西門を乗り越えて敷地内に入った。その約40分後、男は迎賓館と御用地の境界にある扉から御用地側に侵入。それに気付いた皇宮警察の護衛官によって三笠宮邸付近で捕まった。男が最初に侵入した迎賓館西門では、警備する内閣府の職員が侵入を知らせるアラームが数回鳴ったものの警報装置を切り、周囲にも知らせていなかったという。小動物などによる誤作動と思い込んだ可能性が指摘されている。内閣府は警備担当職員を「集中して業務に従事せず、本来行うべき適切な対応や報告を怠った」として戒告処分にした。

迎賓館に設置されている
監視・警報装置

 思い込み・勘違いが招いた事態と考えられるが、こうした状況に対し、企業や大学で活躍したシニア技術者でつくる「シニアケミカルエンジニアズ・ネットワーク」(SCE・Net)は「警報(アラーム)を軽視するな」と訴えている。SCE・Netは公益社団法人化学工学会に属する組織で、その中の安全研究会は様々な事故や災害の検証と対策を提示してきた。上記の警句は研究会がまとめた「安全警句集」の中に載っているもの。2005年に米国テキサス州の石油精製工場で発生した事故を例として挙げている。このケースでは、石油精製過程の一部の装置に原料油が過剰に流入して警報が2度鳴った。それにもかかわらず担当者らは10時間以上放置したため、気化したガスが大爆発。死者15人、負傷者180人の大惨事となった。1994年の川崎市でのタンクローリーによるオーバーフロー防止装置の警報軽視による負傷事故も取り上げているが、対策として1番目に挙げているのが「アラームに慣れて放置したり切ったりしない」ということだ。頻繁に鳴るのなら、原因がプロセスなのか、計器なのか、警報装置の誤作動なのかを直ちに調べることを強く提唱する。

 ただ、人の心理として遭遇した事態を軽めに思い込む傾向があるのも事実。世の中の様々な失敗や事故、災害の原因を究明し未然に防ぐ方策を開発するために各分野の企業や学者、技術者が参加してつくった特定非営利活動法人「失敗学会」は、上に挙げたような事例の裏には警報システムへの信頼度の問題があると指摘する。たとえある警報システムの誤作動の確率が1,000回に3回(0.3%)と非常に低くても、たまたま誤作動に出会ってしまうとその人にとっては「誤作動率100%」。その人が次に本当の異常事態に遭遇しても「またか」と受け止めてしまうことは大いにあるという。同学会は、仮に誤作動が起こったら即座に原因を明らかにし、関係者が抱いたシステムへの疑問視と不安を払拭する必要があると呼びかけている。SCE・Netと通じるアピールだ。

男が最初に侵入した迎賓館西門

 ここで気になるのが、医療現場での問題だ。現代の病院では、様々な医療機器が医師や看護師をはじめとする医療従事者の活動を支えている。命を守るためのそうした機器には、当然のことながら異常を知らせる警報装置が組み込まれている。これは一方で、医療現場には警報装置があふれているということも意味する。そんな環境の中で近年、危機感をもって語られるのが「アラーム疲労」である。アラーム疲労とは、過度のアラームを経験した結果、医療従事者に応答時間の遅れが生じたり、応答率が下がったりする状態を指す。米国の麻酔学の専門家らが2019年に医療専門誌に発表した報告では、アラーム疲労は医療従事者ばかりでなく多くの専門職で一般的であり、シグナルが頻繁に作動するために当事者がそれを無視するかまたは積極的に解除する傾向があって事故に結び付きやすいと指摘している。日本でも公益財団法人日本医療機能評価機構などが問題意識を強めて、「患者の異常ではなく機械などの異常を知らせるためだけのアラームは減らそう」と訴えている。

 新型コロナウイルスの猛威の中、過酷な状況に置かれている医療現場では命にかかわるアラームが鳴り続けているのだろうと想像する。その信頼度が損なわれず一つでも多くの救命につながることを願うばかりである。同時に、そうした医療現場が取り組んでいるアラームの取捨選択を、同時代に生きている私たちも見習うべきところに来ているように思えてならない。

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