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先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑦ | 北関東から東京まで被害を及ぼしたカスリーン台風

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先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑦ |  北関東から東京まで被害を及ぼしたカスリーン台風

先人からのメッセージ~碑に刻まれた災禍の記憶~ ⑦

 

 「天災は忘れたころにやって来る」。物理学者・寺田寅彦(1878~1935)のことばと伝わります。備えをおこたってはいけないという戒めの名言として知らない人はいないでしょう。ただ、私たちはその重みをどこまで実感しているでしょう。近年の出来事を振り返ると「こんなこと想定外だった」と釈明されることが多すぎはしないでしょうか。実のところ人間は元々そう言いたがる生き物なのかもしれません。そんな本性を知っていたから、先人は消してはいけない記憶を碑に刻んで後世に伝えようとしたのではないでしょうか。先人のそんなメッセージの遺る碑が日本各地にあります。国土地理院は天災を後世に伝えるそうした碑の記号を新たに作り、2019(令和元)年から「自然災害伝承碑」として地理院地図に載せ始めました。私たちも、人々の安全と安心を守るためのセキュリティ・ニュースを発信する会社として、天災はもちろん、人が引き起こした禍の記憶を伝える碑も各地に訪ね、先人からのメッセージを紹介したいと思います。「想定外」が一つでも減ることを願いつつ。

 
 

北関東から東京まで被害を及ぼしたカスリーン台風

 

 戦争で放置された治水の反省を記す二つの碑

 

 
決潰口碑
碑の概要
碑名 決潰口碑
災禍名 カスリーン台風
災禍種別 台風と秋雨前線による豪雨水害
建立年 1950(昭和25)年
所在地 埼玉県加須市新川通、同市向古河
伝承内容 利根川「決潰口碑」 「利根川の治水のために カスリン台風に因る異常な降雨を集めた利根川は昭和22年9月13日夜半この堤防を溢れ決潰しその濁流は延々と東京都を浸しました。昭和10年と16年にも大出水があり過去の改修工事では、利根川を守りきれない事が明らかになったにも拘らず戦争の噪音にまぎれて治水を怠ったからであります。敗戦後の乏しい国力と変動する社会情勢の下にあって利根川の復舊と増補に苦しんだ我々はこの国土に住む限り治水を疎かにしてはならないことを痛感し沿岸の方々と我々に続く河川工事関係者に不断の努力を切望致します。」 (渡良瀬川「決潰口碑」も同じく「利根川の治水のために」と題し、渡瀬川堤防の決壊によって3ケ村が水没したことを述べたほかは利根川の碑文と同じ)
「カスリーン台風」ほど、戦争が影を落とした台風はないように思う。まず名前。敗戦を機に日本を占領した連合国軍司令部(GHQ)は気象関連業務も徹底管理し、しばらくの間、日本を襲う台風にはアメリカ流に女性の名前を付けた(カスリーン⦅Kathleen⦆は英語・アイルランド語圏の女性の名前)。そして、大きな被害。この台風による死者・行方不明者は群馬県や栃木県、埼玉県など北関東を中心に1930人(理科年表)にのぼる。埼玉県加須市にある利根川と渡良瀬川の「決潰口碑」は、なぜか内容をぼかして紹介されることも多いのだが、碑の原文は、世が戦争に突き進んで治水を顧みなかったことが大きな被害を招いた原因だと指摘している。
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